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2011年12月24日

(映画)源氏物語 千年の謎

おそらく誰もが習ったことがあるであろう日本文学の最高傑作と言われている紫式部原作の「源氏物語」この映画はただそれを映像化したのではなく、”紫式部はなぜ源氏ものは足りを書かね
ばならなかったのか”をテーマにした高山由紀子の小説「源氏物語 悲しみの皇子」を鶴橋康夫監督が映画化しました。
物語はいきなり藤原道長(東山紀之)と紫式部(中谷美紀)の情事から始まります。
予備知識無しで見に行ったので、最初はヒガシが演じているのが光源氏だと思ってました。
このとき道長は帝の心を娘彰子に向けさせるために物語を書くように命ずる。
ここから源氏物語の話が始まります。
この映画は現実の話と、物語が並行して進むのですが、どちらも平安時代の話ですし、両方に登場する人物もいるので、予備知識なしだとなかなかわかりにくいかと思います。
桐壺帝と桐壺更衣(真木よう子)の間の第2子として生まれた光源氏であるが、
桐壺更衣は桐壺帝の正室弘徽殿女御(室井滋)の激しい嫉妬により殺害される。代わりに母となった藤壺(真木よう子・二役)は桐壺更衣とうり二つ。
元服した光源氏は、そんな藤壺への思いを断ち切るために正室葵の上(多部未華子)、六条御息所(田中麗奈)、夕顔(芦名星)と関係を重ね、終いにはとうとう義理の母藤壺にも手を出してしまう。
ただ映画ではそのようなシーンは深くは描かれておりません。
それがこの映画を単調にさせているのかもしれませんが、六条御息所が生霊となって葵の上や夕顔を苦しめるシーンはCGをつかって生々しく描いてあります。
現代でも衝撃的な展開ですから、「源氏物語」は平安時代の人達の心を掴み、帝と彰子の間にめでたく男の子が生まれ、道長の思惑は達成し、ここで物語は終わるはずだった。
が紫式部は物語を書き続けた。
彼女は道長と光源氏を重ね始め、理想の男性像としてうまく描き上げている。

私は、この映画のタイトル「源氏物語 千年の謎」ということから、源氏物語を書く紫式部、あるいは道長を描きたかったのではないかと思うんですが、ちょっとその部分が弱かったように思います。

posted by 白線ながし at 20:57| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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