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2011年11月15日

(映画)八甲田山



この映画は言わずと知れた、1977年に公開された、新田次郎原作の小説「八甲田山死の彷徨」を、森谷司郎監督が映画化したもので、1977年の興業収入日本1の作品。
時代は明治時代。
ロシアの南下政策により、大陸での開戦が確実となった明治35年.
その訓練のため、弘前第8師団の友田少将(島田正吾)は、青森歩兵第5連隊と弘前歩兵第31連隊に八甲田山雪中行軍を提案。
31連隊の児島大佐(丹波哲郎)と第5連隊の津村中佐(小林圭樹)は、どうせなら八甲田山ですれ違おうと約束する。
徳島大尉(高倉健)率いる第31連隊雪中行軍隊は弘前を出発後、案内人をつけたこともあり順調に進軍するが、第5連隊の方は、青森を出発後いきなり八甲田山に挑んだため、最初から予定が狂ってしまう。
さらに連隊長である神田大尉(北大路欣也)が頼んでおいた案内人も指揮権がないはずの山田少佐(三国連太郎)の一言で雇えなくなり、遭難を引き起こすもととなった。
第5連隊と師団本部は第5連隊の遭難に気づき、雪中行軍の中止を決定するが、今のような通信手段が発達していない明治の時代、第31連隊雪中行軍に伝えるすべはない。
第31連隊雪中行軍はそんなことは露知らず、八甲田山に突入していくが、こちらは順調に進軍していく。
しかし途中で神田大尉をはじめとする第5連隊隊員の死体を発見し、徳島はショックを受ける。
この雪中行軍で、第31連隊は途中1名を汽車で弘前に帰したものの、全員無事だったが、第5連隊は210名で出発したにもかかわらず、わずか12名しか生還できなかった。

私はこの映画を深谷シネマで鑑賞しましたが、きっかけになったのは、この映画のカメラマンで、昨年「劔岳 点の記」の監督をやられた木村大作さんのトークショーがあったからです。
「八甲田山」を見て、「劔岳 点の記」に通じるものがあるなぁと思ったら、大作さんも同じようなことを言ってましたね。
  “八甲田山があったから劔岳を撮る気になったんだ゛と。
それにしても34年前とはいえ、そうそうたる役者さんが出演しておられます。
上に上げた人以外にも、例えば弘前第8師団参謀長中村大佐が大滝秀治、第31連隊第1大隊長門馬少佐が藤岡琢也、雪中行軍隊斎藤伍長が前田吟、青森歩兵第5連隊連隊本部木宮少佐が神山繁、遭難救助隊三上少尉役は今の千葉県知事です。
雪中行軍隊の中にも第1小隊長伊東中尉が東野英心、第5連隊の中でただ一人田代温泉にいくことができた第5中隊村山伍長は緒形拳が演じています。
他にも江藤伍長が新克利、平山1等兵が下條アトム、橇隊の兵卒が大竹まこと、雪中行軍随行大隊本部倉田大尉が加山雄三と今で考えればお金がいくらあっても足りないメンバーです。
女性陣はあまり出て来ませんが、神田大尉の妻はつ子が栗原小巻、徳島大尉の妻妙子が加賀まりこ、斎藤伍長の伯母が菅井きん、案内人滝口さわが秋吉久美子という布陣です。
製作されたのが1970年代ですからもちろんCGなんていうものはありません。
雪崩もダイナマイトで爆破して無理やり起こしたとか、その時にカメラを1台ダメにしたとか、いろいろ話が聞けて楽しいトークショーでした。
今後、このようなスケールの大きい映画はもう作られることはないでしょうね。


posted by 白線ながし at 19:38| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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